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神戸地方裁判所 昭和36年(ワ)1109号 判決

原告

島谷勝次

被告

兵庫県教育委員会

主文

一、被告が原告に対し昭和三十五年八月十六日付でした姫路市立広畑中学校教諭の職を休職する処分が無効であることを確認する。

一、被告が原告に対し昭和三十六年八月十六日付でした姫路市立公立学校教員を依願免職する処分が無効であることの確認を求める請求を却下する。

一、原告の休職願および退職願が無効であることの確認を求める訴をいずれも却下する。

一、訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告は「原告の被告に対する休職願および退職願はいずれも無効であることを確認する。

被告が原告に対し昭和三十五年八月十六日付でした姫路市立広畑中学校教諭の職を休職する処分および昭和三十六年八月十六日付でした姫路市公立学校教員を依頼免職する処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

一、原告は姫路市立広畑中学校の教諭として勤務中、昭和三十五年九月十七日、被告から神経衰弱のため一年間休養を要するという理由で、休職辞令(同年八月十六日付)を交付され右職を休職する旨の処分(以下本件休職処分という)を受け、次いで翌三十六年八月十六日、被告から退職辞令を交付され願により右職を免ずる旨の処分(以下本件免職処分という)を受けた。

二、しかしながら右各処分にはいずれも次のような違法が存する。

(1)  まず本件休職処分は原告の願によるのとされているけれども、原告は休職の意思もなく休職を願い出た事実もない。右原告の休職願とされているものは原告の父島谷次吉が当時の姫路市広畑中学校々長古林一実や姫路市教育委員会から無理に頼まれて原告に無断で作成提出した無効のものであり、その際添付された宮本医師作成の原告に対する診断書は原告を診察することなしに作成された内容虚偽のものであって、これを前提とする本件休職処分は違法な処分である。また被告のなした本件休職処分は地方公務員法第二十八条第二項第一号による処分であるとされているが、同条は公務員を「その意に反して」休職処分にする場合の規定であつて「願による」場合の規定ではないから原告の願によるとされた本件休職処分は法律の根拠を欠く処分である。また地方公務員法第二十八条第二項第一号に基づく「その意に反する」休職処分だとすれば同法第四十九条により原告に対し処分の事由を記載した説明書を交付し兵庫県条例第三条により医師二名を指定してあらかじめ診断を行わなければならないのにこれを行つていないから法規に違反する違法な処分である。

(2)  次に免職処分も原告の願によるものとされているけれども、右原告の退職願は強迫によるものである。即ち原告は前記休職処分につき兵庫県人事委員会に対し審査の請求をしたが、右県人事委員会は被告と内通して審理を行なわず、昭和三十六年六月十六日姫路市に来た県人事委員会審査係長西尾公平が午後五時頃、姫路市教育委員会教育長室で同委員会中野係長とともに原告に対し「審査請求を取り下げよ、さもないと県人事委員会は君を精神科の医者に強制診断させるといつている」といつて審査請求取下げを迫り、更に翌日同人らは「人事委員会や教育委員会をおこらせたらひどい目にあう、県の衛生部がひかえている。審査請求を取下げないと直ちに強制診断だ」といつて原告を畏怖させて審査請求の取下げを迫つた。そこで原告はやむなく審査請求取下書を書いたところ、西尾係長は更に「これで君は自ら病人であることを認めた、さあ強制診断だ、いやなら即刻退職願を書け」といつて原告を畏怖させて退職願を書くように迫つたので原告はやむなくその場で被告宛退職願を提出した従つて右強迫により作成提出せしめられた退職願は無効のものであり、また前記休職願は無効のものであり、また前記休職願が無効であるからこれを前提とした退職願もまた無効であつて、これを前提とする本件免職処分は違法な処分である。よつて原告は被告に対し原告の休職願および退職願の意思表示の無効確認と被告の原告に対する本件休職および依願免職の各処分の取消し、または無効確認を求めると」述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように述べた。「原告主張事実中、原告が姫路市立広畑中学校教諭として勤務中、昭和三十五年八月十六日付で被告から原告に対し地方公務員法第二十八条第二項第一号により休職を発令し、同年九月十七日原告が右辞令を受領したこと、原告が兵庫県人事委員会に不利益処分審査請求を提起したが原告主張の日時に右請求を取下げたこと、原告がその主張日時に退職願を提出し、被告が原告に対し昭和三十六年八月十六日付退職辞令を発令し、原告がこれを受領したことは認めるがその余の事実を否認する。

原告は性格が甚だしく異常であつて授業に一貫性がなく生徒を把握統率してこれを指導教育監督してゆくだけの能力に欠けていたので姫路市数育委員会としても原告本人ならびに原告の父島谷次吉と話合い円満退職するように指導した結果、昭和三十五年八月十日原告から被告宛の休養休職願を広畑中学校長古林一実の手許まで郵送してきたので同学校長が同市教育委員会にこれを副申し、同委員会より更に被告に休職方内申した結果、同年同月十六日付被告より原告に対し休職を発令し原告はこれを異議なく受領した。本件休職処分は地方公務員法第二十八条第二項に基づくものであるが、同条の法意は職員が同条各号の一に該当するときは当該職員の意思に関係なく休職することができるとすることにあり、職員が休職を願い出た場合においても、同条各号の一に該当するときは、同条により休職処分することができるものと言すべきである。即ち職員の休職の意志の有無は休職処分の発令に関して何らの影響を与えるものではなく従つて同条に規定する休職処分は職員の意に反する場合のみに限定されない。また「職員の分限ならびに分限に関する手続および効果に関する条例」(昭和二十六県条例第四十六号」第三条第一項は「任命権者は、地方公務員法第二十八条第一項第二号の規定に該当するものとして職員を休職する場合においては、医師二名を指定して予め診断を行わせなければならない」旨規定しているが、この規定は当該職員の心身の故障を理由にその意に反して休職を発令する場合は、将来その職員が医師の誤診を主張して休職処分の効力を争うことが予想され得るので、後日の紛争を避けるためにも特に慎重を期し、指定医師二名をして診断させることを指示している訓示規定に過ぎずもとより強行規定ではない。されば当該職員の心身の故障を自覚して休職休養を希望し、自己の選定した主治医の診断を受け、心身に故障ある旨の主治医の意見に承服し、その診断書を添付して休職を願い出た限り、更に別の医師の診断を求めることは無用かつ無意味であつて、指定医師二名の診断を欠くという事実のみで休職処分の効力が左右されるものではない。また前記条例また前記条例第三条第二項は「職員の意に反する降任、若しくは免職又は休職の処分はその理由を記載した書面を当該職員に交付して行なわなければならない」旨規定しているが本件は原告が休職を願い出たものであつて原告の意に反して休職を発令したものではないから、処分理由書を原告に交付する必要がない。以上のように被告のなした本件休職処分は全く適法である。

右休職処分後、原告より究然兵庫県人事委員会に対して不利益処分審査請求を提起してきたので、昭和三十六年六月十六日当時の兵庫県人事委員会事務局総務課審査係長西尾公平が実情調査のため姫路市教育委員会事務局に出張し、同市教育委員会事務局人事係長中野信一について事情を聴取するとともに、原告を同市教育委員会事務局に招致して事情の説明を求めた結果、原告において同意し、前記審査請求を取下るとともに退職願をその場で作成し中野係長に提出した。もつとも退職願の日付は原告の希望により休職の期限のきれる日の翌日である昭和三十六年八月十六日付としてこれを受理することとし、右退職願に基づき昭和三十六年八月十六日付退職を発令したものであつて、右審査請求の取下げおよび退職願の提出は原告主張のように強迫によるものではなく被告のなした本件退職処分は適法である。

従つて原告本訴請求はいずれも失当である。」

証拠として、原各は甲第一ないし五号証を提出し、乙第一号証の一ないし四、第二号証の一、三、五、同号証の四の古林一実作成部分、第三号証の四の古林一実作成部分、第三号証の一、二、第四号証の一、二の島谷次吉作成部分の成立を認める乙第二号証の四、第四号証の一、二の各原告作成部分の成立は否認すると述べた。

被告訴訟代理人は乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし五、第三号証の一、二、第四号証の一、二を提出し、証人古林一実、同中野信一、同西尾公平、同福山秀雄の各証言を援用し、甲第一、二号証の成立を認め、第三、四、五号証の成立は不知と述べた。

当裁判所は職権で原告本人尋問(第一、二回)をした。

理由

一、まず原告の休職願および退職願はいずれも行政機関である被告に対する公法行為であつて、被告がそれに対して積極的に行政行為をしない間はそれ自体なんら具体的な法律関係の形成変更または確定の効果をもたらすものではないから当事者としては右各休職願および退職願および退職願に対する行政処分の効力を争えば足り、独立に右休職および退職願の無効確認を求める利益を欠くものといわなければならず、原告の右訴はいずれも不適法である。

二、そこで次に被告の原告に対する休職および依願免職の各処分の効力について判断する。

(一)  原告が姫路市立広畑中学校教諭として勤務中、原告名義の休職願が被告宛提出され、被告は昭和三十五年八月十六日付をもつて原告に対し休職を発令し、同年九月十七日原告が右辞令を受領したこと、および右休職処分が地方公務員法第二十八条第二項第一号の規定に基づく処分であることは当事者間に争がなく、被告が原告に対し右の休職処分をなすにつき後記兵庫県条例第三条一項に定める医師の診断を行わせていないことは被告の明かに争わないところある。

原告は、本件休職処分は原告名義の休職願が提出されている場合であつて、右同条第二項の「その意に反する」場合に該らないから、同条第二項に該当せず法律の根拠を欠く違法な処分である旨主張するが、公務員から休職願が提出されている場合でも、後記に記述する手続面等において若干の差異を認め得るを除く外、なお、右地方公務員法第二十八条第二項の各号の要件に該当する各事由が客観的にその存在を認め得る場合には同条第二項各号に基づき当該公務員に対して休職処分をなし得ることはいうまでもないから、右原告の主張はその法理の適要をみる限りにおいては理由がない。

ところで、「職員の分限ならびに懲戒に関する手続および効果に関する条例」(昭和二十六年兵庫県条例第四十六号)第三条第一項によれば、地方公務員法第二十八条第二項第一号の規定に該当するものとして職員を休職する場合には医師二名を指定して予め診断を行わせなければならない旨を規定しているが、右条例の規定は公務員か任命権者の恣意によつて不利益な処分を受けることがないようにする目的に出た公務員の立場を保護するための規定であつて、被告が主張するように単なる訓示規定であると解することはできず、公務員が休職を希望しない場合には当該公務員の立場を保護するための右手続を経ないでなされた休職処分の瑕疵は同法第二十八条第三項所定の手続的保障を全く欠くに等しいから重大かつ明白であつて当然無効であるといわなければならない。ただ右休職処分を受けた当該公務員が休職願を提出し同時に心身の故障のため長期の休養を要する旨の医師の診断書を添付した場合には、右休職願が真正なものであつて当該公務員が休職を希望し、任命権者が右診断書によつて休養を必要であると認めたときには、右条例の規定に従つて更に指定医師の診断を経ないで休職処分を行なつても当該公務員の利益を害することにはならないから右手続の省略は、当該公務員の側においては、前記法律の趣旨にかんがみ、その許容を認めるに一般に何ら不都合となるべき事情は見出し難く、要は任命権者側において、前期休職要件の存否の審査にあたり、前記条例に定める手続に従い、更に正確なる資料を得て、その認定の公正を期せんがため、右手続により得る余地を残すのみと解せられるから、敢えてこれを瑕疵ある処分であると解する理由に乏しいけれども、右はあくまでも、当該公務員が真実休職を希望している場合のことであつて、たとえ、休職処分前に形式上当該公務員名儀の休職願が提出されているときでも事後的にそれが当該公務員の意思に出たものではなく真意に反するものであることが明らかになつた場合には結局公務員の意志に反する処分であるから、その処分が公務員法第二十八条第二項第一号によるにあらざればその意に反して休職処分をなすことは認めていない法律上の制約に徹し、右条例に定められた手続は、結局欠缺したこととなり、その瑕疵は休職処分という不利益処分を理由あらしめる実質要件の存在を確認すべき法定の証拠法則に反した休職要件事実の認定を意味するから、その認定の瑕疵は重大である。従つて、任命権者が前記条例に定められた厳格な方法によらないで、休職処分をなす権限を与えられた唯一の場合は当該公務員の右休職願が真意に出たものであることを絶体的要件とするものと解すべきであるから、任命権者は諸般の状況からみて休職願が本人の真意によるものであることが明白な場合を除きその休職願の真意を確かめるべきは職務上当然の義務というべく、しかもその調査判断は何人にも極めて容易であるから、その調査判断をすることなく、提出された休職願が、本人の真意に基くものではない事実を軽々に看過して、右願に従つて条例に定められた手続を経ずに行なわれた休職処分は、たとえ、任命権者にその休職願が本人の真意に出ずるものであると信ずるにつき錯誤があつたとしても、その瑕疵はきわめて重大であることは勿論であつて又客観的に、右瑕疵は認識すべく経験則上明白というべきであるからかかる休職処分は当然無効であると解する。

ところで本件休職処分が発令されるにあたつては、原告名儀の休職願および医師宮本御次作成の診断書が被告に提出されたことは証人古林一美の証言により明らかであり、被告が本件休職処分をなすにあたつて前記条例に規定する指定医師の診断の手続を経なかつたことは前記のとおりであるが、原告本人尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第四号証、および原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、右休職願は原告の父島谷次吉が原告の意思に基くことなく無断で作成提出したものであり、右医師の診断書は原告を診断することなしに、右島谷次吉の依頼によつて作成された内容虚偽の診断書であることが認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして成立に争いのない乙第二号証の一、五、第三号証の一、二に証人古林一美、同中野信一の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、当時原告の勤務していた姫路市立広畑中学校の校長古林一美は、原告にはその性格に甚しく異状なところがあつて、生徒の指導力を欠き、中学校教員としては不適格者であると認め、かねがね原告の処遇に苦慮していたのであるが、昭和三十五年八月九日頃姫路市教育委員会事務局において、原告およびその父島谷次吉と右古林一美、同事務局教職員係長中野信一らが会合し原告の進退問題について話合つた際、右中野信一は教育委員会の意向として、原告の将来をも考慮し、原告を一時休職させその経過をみたうえで処分を決めたい意見を述べ、原告の父次吉は温情ある処置としてこれに感謝しそれを希望したのであるが、原告はあくまでも自己の健康と中学校教員としての能力を信じ休職には反対の態度を示していたこと、その二、三日後前記広畑中学校長古林一美宛に同月十日附、原告の記名押印のある休職休養願と医師宮本御次作成名儀の神経衰弱症により向う一ケ年間休養を要する旨の原告に対する診断書が郵送されたので、校長古林一美は同月十五日附で右休職休養願は適当と思われる旨の被告宛の副申書を添えて姫路市教育委員会に申達し、同委員会は同月十六日附で被告に宛て、原告を地方公務員法第二十八条二項一号により休職を命ずる旨発令せられるように内申し、被告はこれに基き同月十八日附で本件の休職を発令したものであることが認められ、前掲証言中右認定に反する部分は措信しがたい。そうだとすれば、原告名儀で提出せられた本件の休職願は諸段の情況からみて本人の真意に出たものであることが明白な場合には当らず、むしろ原告の真意を調査すべき必要のある場合で、且つ、経由機関である校長等が、一たび原告と面接し、その意思を調すればたちどころに、原告名儀の休職願は原告の作成にかかるものではない事実が判明したであろう事情が認められる。もつとも、右に認定したとおり本件休職処分は校長及び市教育委員会の内申と前記資料に基いてなされたもので、発令権者である被告自身としては右の如き調査の必要を認めなかつたようにみえるけれども、しかしこの種の処分については、校長及び市教育委員会はその経由機関であり補助機関であるから、これを一体的に観察し、補助機関のなした過誤は直ちに発令権者の過誤となるものと解するのが相当である。

そうすると本件休職処分は、原告の真正な休職願が提出されていないのに、これを看過し、前記条例に規定された指定医師二名の診断手続を経ないで行われたものであつて、その瑕疵は重大かつ明白であるから無効というべきである。(また、本件休職処分は、その発令形式にも拘らず地方公務員法第二十八条第二項第一号の事由によるものではなくて、それに類似する事由ありと認めて出した自由裁量的休職処分であると解すべき場合においても、前説明のとおりその絶対的要件というべき本人の意思による休職願が提出せられていないのであるから、その瑕疵は重大かつ明白であつて無効の処分というべきである)さらに被告は、本件休職辞令は原告において異議なく受領した旨主張する。なるほど原告本人尋問の結果によると、原告は本件休職辞令を一応受領し、その休職期間中所定額の給与を受領したことが認められるけれども、右原告本人の供述と弁論の全趣旨を綜合すると、原告は休職を承認した意味で右辞令を受領したのではなくて右発令後直ちに兵庫県人事委員会に対し右休職の取消を主張して審査の申立をしたものであること、また休職中の給与は生活上の事情から不本意ながら受領したものであることが認められるから、被告の右主張が法律上いかなる主張を意味するかを探究するまでもなく、原告の辞令受領ないし給与受領の行為は前記認定判断を左右にするものではない。そして右休職処分の確定することによつて原告は休職期間中に支給さるべき給与の額に異同が生じるからなお右処分の無効確認を求める法律上の利益がある。なお原告は本訴で本件休職処分の取消を求めているが、その本旨は右休職処分を当然無効な処分であるとし、その無効確認を取消という形式で求めているものであると認められる。

(二)  原告が前記休職処分につき兵庫県人事委員会に不利益処分審査請求を提起したが昭和三十六年六月十七日右請求を取下げたこと、原告が同日退職願を提出し、被告が原告に同年八月十六日附で原告の依願免職を発令し、原告が右依願免職辞令を受領したことは当事者間に争いがない。原告は本件退職願は強迫によりなされたもので無効であると主張するので判断する。強迫による意思表示が当然無効となるには、右意思表示が強迫によつて意思決定の自由が強度に抑圧された状態においてなされたものであることが必要であると解するところ、原告の立証その他本件全証拠によつても原告が意思を抑圧された右の如き状態において本件退職願を作成提出したものであることを認めるにたりず原告の右主張は理由がない。また前記休職願が無効であるからそれを前提にした退職願もまた無効である旨主張するけれども、退職願の効力が法律上休職願の有効を前提とするものでないことはもちろん、本件休職願が真正なものでないことが原告の退職願の意思決定に対して、右退職願の意思表示を無効にするような原因を与えたことについて原告はなんら主張立証しないから、原告の右主張も理由がない。

次に原告の主張をみると、原告は右退職願は西尾係長の強迫によつて作成提出された瑕疵ある意思表示であるから本訴においてこれを取消す、そして、このような理由で取消された退職願に基づいて発令された本件依願免職処分は無効である旨を主張しているとも考えられるので判断する。(若し取消を主張するものとすれば審査請求を経ていないから主張自体不適法である)本件退職願は昭和三十六年六月十六日さきに原告が提起した本件休職処分に関する審査請求の実情調査のため姫路市へ赴いた県人事委員会事務局総務課審査係長西尾公平が姫路市教育委員会事務局人事係長中野信一とともに原告に会つて事情聴取をした際、原告によつて作成提出されたものであることは当事者間に争いがない。原告はその本人尋問においてその際西尾は原告に対し「退職願を書かないのなら即刻強制診断にするぞ」といつて脅かしたので、原告は強制診断をされたらどんなことになるかもわからないと畏怖し、やむなく右退職願を作成提出した旨供述しているけれども、証人西尾公平、同中野信一の各証言によれば、同人らが前記審査請求について事情を聴取するとともにこれを取り下げるよう原告に勧めていたとき突然原告の方から審査請求を取下げると同時に退職するといつて自ら退職願を作成提出したものであること、右退職願の日付は原告の希望によつて前記休職期間満了の日である昭和三十六年八月十六日としてこれを受理することとしたこと、また原告はその際休職のまま退職したのでは将来就職するときに困るから一旦復職してから退職するようにしてほしいと希望したのでその手続をとつたことが認められ、これらの事実および右各証言に照すると前記原告の供述はたやすく信用できないし、他に原告が主張する強迫の事実を認めるに足りる証拠はないので、依願免職処分後に右退職願の意思表示を取消すことができるかどうか、また取消が認められた場合、それは免職処分の無効事由となるのか、取消事由となるのかなどの点について判断するまでもなく、この点に関する原告の主張も理由がない。

三、よつて本訴のうち、本件休職処分の無効であることの確認を求める部分は正当として認容し、本件依願免職処分の無効であることの確認を求める部分は失当として棄却し、本件休職願および退職願の各意思表示の無効であることの確認を求める部分はいずれも不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用して主文のとおり判決する。

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